災害対策を理由とする「国家緊急権」の創設に反対する会長声明

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2016年12月09日

災害対策を理由とする「国家緊急権」の創設に反対する会長声明

 第192回臨時国会で衆参両議院の憲法審査会が審議を再開させたが,今回の議論でも,災害対策を理由に緊急事態条項(国家緊急権)の新設による憲法改正が必要であるとの意見が出ている。

 「国家緊急権」とは,戦争・内乱・恐慌・大規模な災害など,平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において,国家の存立を維持するために,国家権力に,立憲主義的な憲法秩序(人権の保障と権力分立)を一時停止して非常措置をとる権限を認めるというものである。

 つまり,「国家緊急権」は,性質上,立憲的な憲法秩序を停止して行政府に権限を集中し人権保障を停止させるものであるから,濫用の危険がある。この点,平成24年4月に自由民主党が公表した日本国憲法改正草案に国家緊急権の条項が含まれているが,これによれば,緊急事態の宣言や解除が,内閣総理大臣に委ねられ,しかも,緊急事態の宣言が発せられた場合,その宣言が効力を有する期間は,衆議院は解散されず,議員の任期及び選挙期日の特例を設けられるため,内閣にとって有利な会派構成を固定化することが可能となり,宣言の承認権を有するはずの国会によるコントロールが機能しなくなるなど,国家緊急権の濫用のおそれは否定し難い。

 他方,災害対策についてみれば,日本の災害法制は既に精緻に整備されており,災害対策のために,国家緊急権を創設する必要性はない。すなわち,非常災害が発生して国に重大な影響を及ぼすような場合,内閣総理大臣が災害緊急事態を布告し(災害対策基本法105条),生活必需物資の授受の制限,価格統制,及び債務支払の延期等を決定できるほか(同法109条),必要に応じて地方公共団体等に必要な指示もできる(大規模地震対策特別措置法13条1項)など,内閣総理大臣への権限集中の規定がある。また,防衛大臣が災害時に部隊を派遣できる規定もある(自衛隊法83条)。さらに,都道府県知事の強制権(災害救助法7~10条等),市町村長の強制権(災害対策基本法59,60条,63~65条等)など,私人の権利を一定範囲で制限する規定も設けられている。その他にも,緊急事態に対応するための規定は多数存在しており,諸外国に見られる程度の「国家緊急権」の内容は,我が国においては既に法律で十分に整備されているのである。

 そもそも,災害対策についていえば,事前に準備していないことは災害発生時にはできないのであり,それゆえ,平常時に,事前の準備を十分に尽くしておくことが大原則である。東日本大震災においては,政府の初動対応は極めて不十分であったと評価されているが,それは既存の法制度に不備があったからではなく,災害への事前の対策が不足し,法制度を十分に活用できなかったからである。事前準備の不足は,国家緊急権を創設すれば克服できるというものではない。実際,日本弁護士連合会が平成27年9月に東日本大震災の被災三県(岩手・宮城・福島)の37市町村に対し,アンケートを実施したところ,24市町村から回答があり,「災害対策・災害対応について憲法は障害になったか」という問いについては,96%の自治体が「障害にならなかった」と回答した。
 ここ三重県においても,南海トラフ地震の発生が近い将来に予測されており,甚大な被害の発生が想定されている。当会も,平成25年12月25日に,三重県との間で,災害時における法律相談業務に関する協定を締結したり,隣接士業の災害対策連絡協議会を開催したりするなどして,事前準備を進めている。

 以上のとおり,災害対策は既存の法制度で十分対応可能であるから,日本国憲法を改正して「国家緊急権」を創設する必要はない。かえって,「国家緊急権」を創設することは,その濫用により国民の基本的人権を不当に制限することになりかねない。

 よって,当会は,災害対策を理由として,日本国憲法に「国家緊急権」を創設することに反対する。


2016年12月9日
三重弁護士会
会長 内田 典夫