法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」事務当局試案の公表を受けて、
改めて、冤罪を生み出さない新たな刑事司法の構築を求める会長声明

三重弁護士会 >  総会決議・会長声明

2014年05月14日

法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」事務当局試案の公表を受けて、
改めて、冤罪を生み出さない新たな刑事司法の構築を求める会長声明

 平成23年6月、法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」という。)は、郵便不正事件、足利事件、布川事件、氷見事件、志布志事件、東電OL事件を始めとする冤罪・証拠ねつ造事件など、捜査機関の信頼性を大きく揺るがす事案の発生を背景に、法務大臣から、「近年の刑事手続をめぐる諸事情に鑑み、時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため、取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直しや、被疑者の取調べ状況を録音・録画の方法により記録する制度の導入など、刑事の実体法及び手続法の整備の在り方についてについて、御意見を承りたい。」とする諮問第92号を受けて設置されたものである。

 ところが、平成26年4月30日に公表された事務当局試案(以下「試案」という。)は、冤罪・証拠ねつ造事件の根絶という特別部会の存在意義を忘れたもので、これまでの捜査・公判の在り方の見直すことなく、捜査当局に新たな捜査手法を与える仕組みを取り入れようとするものに他ならない。

 すなわち、試案が示す9つの制度の中でも、特に「取調べの録音・録画制度」、「証拠開示制度」、「身柄拘束に関する判断の在り方についての規定」については、冤罪・証拠ねつ造事件の根絶にはほど遠い不十分なものである一方、制定当時より違憲であるとの批判が強い通信傍受法の対象拡大、司法取引制度の導入など、むしろ、捜査機関側の権限強化に重点が置かれている。

 具体的には、「取調べの録音・録画制度」では、録音・録画を義務づける対象を全刑事事件の約2パーセントに過ぎない裁判員裁判事件の被疑者に対する取調べとする案と、これに全身柄拘束事件における被疑者に対する検察官取調べを加える案が提示されているが、いずれの案でも、志布志事件で問題とされた警察による取調べや郵政不正事件で問題とされた参考人の取調べは対象とはならない。また、例外事由については、「被疑者の言動により、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき」という抽象的な要件などに加え、今回、試案で新たに暴力団構成員による犯罪に係るものが付加されたため、さらに広範なものとなり、捜査機関の裁量を実質的に認める結果となってしまう。
 「証拠開示制度」についても、全面的証拠開示制度については記載すらなく、検察官が保管する証拠の一覧表を交付する制度が検討されるのみであり、警察が保管する証拠については全く言及されていない。
 冤罪の温床である人質司法の問題についても、「身柄拘束に関する判断の在り方についての規定」において、確認的な規定を設けるとしているだけで、実効的な改善案は出されていない。

 当会が存する三重県内に限定しても、名張毒ぶどう酒事件では自白の信用性や証拠開示の問題が再審請求の度に問題となっている。また、平成24年9月には、いわゆるPC遠隔操作事件による誤認逮捕が三重県警察のほか、神奈川県警察、大阪府警察及び福岡県警察で発生しており、警察による取調べの問題が指摘されたところである。
 さらには、平成26年3月27日には、静岡地方裁判所が、袴田巌氏に対し、再審開始、刑の執行停止及び拘置を取り消す旨の決定をした。この決定の中で、捜査機関によって自白を得るためになされた長期間の取調べの最中に、重大な証拠がねつ造された疑いがあるなどと指摘され、取調べ全過程の可視化や全面的証拠開示の重要性が改めて認識されたところである。

 このような状況の下、今回公表された試案は、全事件の取調べ全過程の可視化や全面的証拠開示まで踏み込まず、身柄拘束に関する判断の在り方についても具体的な案を示さず、通信傍受法の対象拡大、司法取引制度の導入などを推進するものであって、捜査機関側の権力肥大に重点が置かれる制度改革案であり、諮問第92号の趣旨を損ね、もはや、特別部会の自己否定にも等しいというべき内容である。

 そこで、当会は、特別部会に対し、今後、意見の最終とりまとめにあたっては、冤罪を生み出さない新たな刑事司法の構築という目的意識に立ち返り、全事件全過程を可視化する制度と、捜査機関の手持ち証拠を全面的に開示する制度と、安易な身柄拘束を根絶する制度を速やかに構築する一方、通信傍受法の対象拡大や司法取引など、捜査権力に強大な権限を与える制度を安易に導入することのないよう、強く求めるものである。


2014年5月14日
三重弁護士会
会長 板垣 謙太郎