少年法の一部を改正する法律(案)に反対する会長声明

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2005年10月03日

少年法の一部を改正する法律(案)に反対する会長声明

1. 政府は、本年3月1日、法制審議会の答申に基づき、「少年法等の一部を改正する法律案」(以下「改正案」という。)を閣議決定し、同日付けで第162回国会に提出し、本年6月14日に衆議院法務委員会に付託されたものの、審査未了のまま衆議院が解散したため、法案の採決には至らなかった。
 しかし、政府は、今後も、改正案の国会提出を予定しているため、改正案に反対する立場から、意見を表明するものである。

2. 改正案は、①触法少年(14歳未満で刑罰に触れる事件を起こした少年)、ぐ犯少年(将来犯罪を犯す恐れのある少年)に対する警察の調査権限の付与、②少年院送致年齢の下限の撤廃、③保護観察中の遵守事項を遵守しない少年に対する施設収容処分を新たに規定するものであるが、いずれの点に関しても、改正を必要とする立法事実が不明確な上に、合理的な理由もなく少年法の基本原則を変容させる点で重大な問題をはらんでいると言わざるを得ない。以下において、個々の改正点ごとに、簡潔に問題点を指摘する。

3. 触法少年、ぐ犯少年に対する警察の調査権限の付与に関する問題点
 改正案では、触法事件一般について、警察の調査権限を付与し、一定の強制調査を可能とする内容となっている(改正案第6条の2ないし同第6条の4)。 しかし、近年の調査により、触法少年の多くは、被虐待経験を含む複雑な生育歴を有していたり、人格を傷つけられた経験を有していることが明らかとなっており、このような少年に対しては、少年が非行に至る背景を探り、ケアをすることこそ重要であり、児童相談所による福祉的、教育的見地をも加味した調査がふさわしいものである。仮に、児童相談所が、家庭裁判所の調査や審判を経ることが望ましいと判断した場合には、家庭裁判所の審判を求めることも可能であって、現行の制度の下で、真相の解明が阻害され措置が困難となったという事例は法制審議会少年法部会でも何ら報告されておらず、現場でかかるニーズが存在するという訳でもない。したがって、現行の枠組みを変える必要性は何ら存在しない。
 そもそも触法少年は、被暗示性、迎合性が極めて強く、警察官による密室での「調査」(「調査」の実質は「捜査」とほとんど変わりがないものと考えられる。)は、自白の強要など不適切な取り調べに繋がる危険性が極めて高く、触法えん罪事件の温床となる可能性が高いと考えられる。
 加えて、改正案では、犯罪にあたらないぐ犯少年の調査権限をも警察に付与する内容となっているが、そもそも、「ぐ犯少年」の定義自体が曖昧である上に、改正案では、「ぐ犯少年である疑いがある者」が調査の対象となるものであるから(改正案第6条の2第1項)、警察官の調査対象となる少年は相当広範にわたるものと解釈できる。そして、改正案によると、警察官は、必要があれば、少年、保護者、関係者を呼び出して質問することができ、また、学校等に必要な事項の報告を求めることも可能となる(改正案第6条の3)。そうすると、多くの少年が警察の監視のもとに置かれることとなり、教育的、福祉的対応が等閑にされたまま、問題の深刻化を招いてしまう危険性がある。

4. 少年院送致年齢の下限の撤廃に関する問題点
 改正案では、少年院送致の年齢制限を撤廃し、14歳未満の者であっても「特に必要と認める場合に限り」という条件を付して、少年院送致を可能とする内容となっている(改正案24条)。
 今回の改正案が提出されるに至った背景事情としては、長崎事件や佐世保事件に見られるように、14歳未満の少年による凶悪事件が大きく報道されたことが挙げられる。しかし、警察庁の作成した犯罪統計書によると、14歳未満の少年による殺人、強盗、放火、強姦などの重大犯罪が近時突然増加したという傾向は窺えず、事件の犯行態様を比較しても以前の同種事案と比較して凶悪化したとも言い切れず、「少年犯罪の凶悪化」という認識が正しいとは言い難い。
 しかも、触法少年、とりわけ重大な事件を犯すに至った少年ほど、被虐待体験を含む複雑な生育歴を有していることが多く、そのため、人格形成が未熟で対人関係を築く能力に欠けていたり、規範を理解して受容するに至っていない者が多い。そのため、再非行防止のためには、まずは温かい疑似家庭の中で「育て直し」をすることが不可欠であり、その後に、自己の犯した罪の重大性に向き合い、贖罪の気持ちを持つことが可能となるのである。かかる教育は、児童自立支援施設による個別処遇においてこそ可能であると考える。一方、現状の少年院では、集団的規律訓練が中心となっているところ、低年齢である触法少年においては、かかる環境に対応するだけの精神的発達が見られず、このまま矯正教育を行ったとしても、改善効果はうすい。
 このように、今回の改正案では、個別的福祉的な処遇の必要な14歳未満の少年の特性に配慮が見られず、にわかに承伏しがたいものである。

5. 保護観察中の遵守事項違反を理由とする施設収容処分に関する問題点
 改正案は、保護観察に付するに際して定められた遵守事項違反を理由として、新たに少年院への収容を可能とする内容となっている(改正案第26条の4)。 しかし、そもそも現行法上、遵守事項を守らないことが新たなぐ犯事由といえる場合には、ぐ犯通告制度(犯罪者予防更生法第42条)によって少年院送致が可能であり、改正案のような仕組みを新たに設ける必要性は乏しい。
 また、保護観察においては、保護司と少年との信頼関係の構築が不可欠であり、少年が、ときに遵守事項違反を犯したとしても、その事実をも素直に話せる関係を築くことが必要となる。しかし、ぐ犯事由と言えない遵守事項違反によっても施設収容処分が下されることとなれば、少年が自らの悩みなどを素直に保護司に語ることが困難となり、両者の関係が表面的なものになりかねず、概ね良い成果を誇ってきた我が国の保護観察制度の瓦解を招いてしまいかねない。威嚇による保護観察によって、少年の自主的な更生意欲を高める考え方は慎重になされる必要がある。
 さらに、保護観察中の少年について、犯罪行為や触法行為、ぐ犯行為がないにも拘わらず、家庭裁判所が、少年に対して少年院送致の保護処分を行うことは、遵守事項違反の事実に加えて、もとの非行行為を考慮に入れて判断しているものと考えざるを得ず、実質的に見れば、少年を「二重の危険」にさらす恐れがある。
 したがって、保護観察中の遵守事項違反を理由として、少年院送致を可能とする改正案は、問題であると言わざるを得ない。

6. 以上に指摘した理由により、改正案は、福祉的・教育的配慮を旨とする少年法の理念を大きく変容させ、少年を厳罰で押さえつけようとする考えのみに立脚しているものであり、反対せざるを得ない。


2005年10月3日
三重弁護士会
会長 降籏 道男