「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の
医療及び観察等に関する法律案」に反対する会長声明

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2002年12月02日

「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の
医療及び観察等に関する法律案」に反対する会長声明

1 声明
 第155回国会において審議されている「心神喪失の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」(以下「政府案」という)は,対象者を再犯防止のため予防的に拘禁する社会防衛処分の性格が強く,精神障害者に対する差別,偏見を助長する恐れがあり,かつ,対象者の手続的保障の観点からも看過できない重大な憲法上の疑義がある。
 同法案が目的とする精神障害者に対する継続的かつ適切な医療と社会復帰を促進するためには,精神医療と社会福祉が地域社会と連携し、障害者の人権に配慮した地域精神医療体制を確立することこそが急務であると考えるので,政府案(修正案含む)に反対する。

2 理由
 政府案は,心神喪失等の状態で,放火,強姦,殺人,傷害,強盗等の重大犯罪を犯した対象者について,不起訴処分,無罪判決,刑の執行を猶予する有罪判決等がなされた場合,再度政府案の定める非公開かつ職権的な審判手続で再犯の恐れを理由に期限のない入通措置等の強制処分を科する内容のものであり,制度の基底には精神障害者を危険視し,社会から隔離しなければならないとする意図が窺える。

 しかしながら,精神障害者の全人口に占める割合は約1・6%であるのに対し,精神障害により犯罪を犯した心神喪失者,心神耗弱者の全犯罪者に占める割合は0・2%であり(福岡県弁護士会精神保健委員会編「触法精神障害者の処遇と精神医療の改善」(明石書店)33頁),再犯率もむしろ低くいとされている。

 従って,精神障害者のみを特別視し,刑事手続で身体を拘束できなかったからといって,今度は審判手続で医療という名で身体を拘束し,行動の自由を制限することは精神障害者を社会的に隔離するに等しく,ノーマライゼーションの時流にも反している。

 入通院措置の要件についても「再び対象行為を行う恐れ」が必要とされているが,これは再犯の恐れに他ならない。しかし,再犯の危険性の予測は、我々法律家にとっても専門医師にとっても極めて困難な作業であり,この判断を裁判官や精神保健審判員に無理に要求すれば申立てを認容する審判が安易に下されることは必然であり,対象者の人権が著しく脅かされる。

 審判手続も,弁護士たる付添人は意見を述べ,資料の提出ができるとされているものの,検察官等申立人の提出する証拠に対して反対尋問権が保障されないなど対審構造がとられておらず,人権に重大な制約を課する手続にしては手続的保障が不十分であり,憲法31条以下の適正手続の保障に反する疑いがある。

 また、本制度は刑事手続で処分されなかった対象者等を更に審判手続で身体拘束等の不利益処分を科するものであり,憲法の禁止する二重の危険にさらす恐れすらある。
現在,修正案も呈示されているが,上記の懸念を払拭するに足りる内容ではない。
よって,小職は,上記のとおり声明する。


以 上

2002年12月2日
三重弁護士会
(平成14年度)会長 伊 藤 誠 基