再審法改正を求める総会決議

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2023年05月29日

再審法改正を求める総会決議

決議事項

 当会は,現在の再審制度及び現状の問題点を踏まえ、国に対し,刑事訴訟法第四編再審の規定に関し、少なくとも以下の点について、改正することを求める。

1 全面的な証拠開示制度を法制化すること

2 再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止すること(刑事訴訟法450条関連)

3 再審請求手続に関する規定を整備すること

 以上のとおり決議する。

 

決議理由

第1 はじめに

1 「再審」とは

  「再審」とは、誤った有罪判決で無実の罪を着せられているえん罪被害者を救済するために、一定の要件の下に裁判のやり直しを認める制度である。その手続は、具体的には刑事訴訟法「第四編 再審」(以下、「再審法」という)に定められている。

2 わが国における再審の理念

憲法第39条はいわゆる二重の危険を禁止した。これを受けて、1949年に施行された現行刑事訴訟法は、それまで認められていた不利益再審を廃止し、利益再審のみを認めた。これにより、わが国の再審は明確にえん罪被害者救済のための制度と位置付けられた。

 

第2 再審法改正の必要性

1 現行再審法の問題点

このように、日本国憲法の制定に伴い、再審制度の理念が大きく変更されたにもかかわらず、現行刑事訴訟法は、不利益再審を廃止する以外は、旧刑事訴訟法の規定をそのまま受け継いだ。刑事訴訟法第四編再審の規定はわずか19条の条文しかなく、再審手続に関する詳細な規定が存在しない。そのため、職権主義的構造がとられている再審請求手続は、個々の裁判体の広い裁量に委ねられることとなり、進行協議の実施、証拠調べ(証人尋問、鑑定など)の実施、証拠開示に向けた訴訟指揮の有無など、手続のあらゆる面で統一的な運用がなされていない。この結果、いわゆる「再審格差」が生じている。これでは再審請求を行う者に適正手続(憲法31条)が保障されているとは言えない。

また、「無辜の救済」の理念に反するような検察官による不服申立てが認められており、かつ、頻発している。そのため、えん罪被害者の救済は遅々として進まず、さらには、一度再審開始決定がなされても、検察官による不服申立てにより上級審が開始決定の取消しを繰り返す事態が生じ、再審の機能不全をもたらしている。

2 我が国の再審請求の現状

以上のような問題点から、再審請求手続は長期化する傾向にある。その結果、救済が遅延し、えん罪被害者本人や再審請求人であるえん罪被害者の親族の高齢化が進んでいる事件は多い。えん罪被害者の救済のためには、もはや一刻の猶予もなく、速やかに再審法の改正が行われる必要がある。

 3 刑事司法改革から取り残された再審法

   通常の刑事裁判手続は、現行刑事訴訟法の改正により、被疑者国選弁護制度の創設・拡充や、被疑者・被告人と弁護人との接見交通権について一定の改善がなされた。また、一部の事件に限定されており、内容的な問題もあるものの、取調べの可視化も一応実現した。

さらに、極めて不十分ながらも、公判前整理手続の導入に伴う証拠開示制度の一部採用や、裁判員裁判を契機とする直接主義の復活は、調書裁判とそしられてきた近年の刑事裁判の状況を是正する役割を果たしつつある。

これに対し、再審法の規定は、上記のような問題点が指摘されているにもかかわらず、1949年に現行刑事訴訟法が施行されて以来、一度の法改正もされず今日に至っている。

4  小括

現行刑事訴訟法における再審法は、「再審格差」と機能不全を抱えた状態で、刑事司法改革からも取り残されており、一刻も早い改正が必要である。

 

第3 再審法改正により定められるべき内容

   改正にあたっては、以下のような内容が具体的に定められるべきである。

 1 全面的証拠開示の法制化(決議事項1)

現行刑事訴訟法には、再審における証拠開示について定めた明文の規定は存在せず、裁判所の訴訟指揮に基づいて証拠開示が行われている。証拠開示の基準や手続が明確でなく、全てが裁判所の裁量に委ねられていることから、裁判所の積極的な訴訟指揮によって重要かつ大量の証拠開示が実現した事件がある一方、訴訟指揮権の行使に極めて消極的な態度を取る裁判所もあり、裁判所によって大きな格差が生じている。

   例えば、布川事件、東京電力女性社員殺害事件、東住吉事件、松橋事件では、通常の刑事裁判手続段階から存在していた証拠が再審請求手続で開示され、それが確定判決の有罪判決を動揺させる大きな原動力となって、再審により無罪判決が確定した。最近、再審開始決定が確定した袴田事件でも、第2次請求審で実に600点に及ぶ証拠が開示されており、これらの開示証拠の中に、確定判決の事実認定に重大な疑問を投げかける証拠が含まれていた。

湖東事件では、再審開始決定が確定した後ではあるものの、警察が再審開始決定確定まで検察官に送致していなかった証拠が開示され、その中に事件性を否定する重要な証拠が含まれていた。

   これに対して、当県で発生した名張毒ぶどう酒事件では、第5次請求審裁判所の訴訟指揮で150通あまりの供述調書及び捜査報告書が開示されたものの、開示後に検察官は「まだ、膨大な不提出証拠が存在する。」と公言していた。その後は、第7次異議審で供述調書及び実況見分調書が数通、第10次異議審で供述証拠が数通、それぞれ開示されたに過ぎず、未だに開示されていない証拠が多数存在している。

また、同じく当県で発生した死刑再審事件である久居事件でも、高速道路通過記録や再審請求人が犯行時着用していたとされる衣服の鑑定書を始め、供述調書等の証拠開示を求めているが何ら実現していない。

これらの事実は、無辜の救済のために、証拠開示が極めて重要であることを物語っており、無辜の救済がなかなか実現しない原因も、再審請求審における証拠開示規定の不存在が大きい。

したがって、再審における証拠開示については、全ての裁判所において統一的な

運用が図られるよう、その法制化が急務である。

なお、この問題に関しては、2016年の刑事訴訟法改正において法制審で議論されたものの、改正が先送りになったという経緯がある。改正附則9条3項は、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示(中略)について検討を行うものとする」としたが、その検討も全く進んでいない。再審の現状の照らし、全面的証拠開示を明文化する再審法改正は急務である。

 2 再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止(決議事項2)

   検察官の不服申立てがなされると、再審開始決定が下されているにも拘らず、即時抗告審・特別抗告審のため、審理が数年あるいは十年以上の単位で長期化する。これにより、迅速なえん罪被害者の救済が実現されず妨げられている。

   例えば、当県で発生した名張毒ぶどう酒事件では、第7次請求審が再審開始決定をした。しかし、異議審が再審開始決定を取り消し、その後の特別抗告審が再審開始取消決定を取り消して差戻したにもかかわらず、差戻後の異議審が再び再審開始決定を取り消し、特別抗告も棄却されたことから振り出しに戻ってしまった。第7次再審だけで請求から2回目の特別抗告棄却まで実に11年半を要している。

日野町事件第2次再審請求では、6年あまりの審理を経てようやく再審開始決定が出されたが、検察官が即時抗告を申し立て、これが棄却されるまでに4年7ヶ月もの時間を要した。さらに、検察官はこの即時抗告に対し特別抗告を申し立てたことから未だ再審開始は確定していない。第2次再審は請求から現在までに既に11年以上が経過している。

ひとたび再審開始決定がなされたということは、確定判決の事実認定に対して、既に合理的な疑いが生じたと判断されたということである。再審の理念に鑑みれば、誤判の疑いが生じた以上直ちに再審を開始し、再審公判が開かれるべきである。

また、わが国の再審制度は、再審を開始するかどうかを判断する再審請求審とその後裁判をやり直す再審公判の二段階構造を採っており、仮に、再審開始決定に対する不服申立てが禁止されたとしても、検察官には、再審公判において、改めて確定判決の事実認定が正当であることを主張立証する機会が保障されているのであるから何ら不都合は生じないはずである。再審を開くどうかという入口である再審開始決定に対する不服申立てを認める実益は著しく乏しい。

したがって、現行刑訴法450条を改正し、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止すべきである。

 3 再審請求手続に関する規定の整備(決議事項3)

前述したとおり、現行刑事訴訟法の再審に関する条文は19条しか存在しないが、そのうち、再審請求の審理手続について定めた規定は、裁判所は必要があるときは事実の調査ができることを定めた刑事訴訟法445条のみである。このように、再審請求手続における審理のあり方についての明文の規定が存在せず、裁判所の広範な裁量に委ねられていることから、個々の事件を審理する裁判所の姿勢によって、証拠開示のみならず、審理のあらゆる局面で大きな格差が生じている。

   再審は、えん罪被害者を救済するための制度である。これを実現するためには、再審請求人に対する手続保障を行うとともに、裁判所の公正かつ適正な判断を担保するため、進行協議期日設定の義務化、事実取調請求権の保障、審理への請求人の関与、手続の公開、当該事件に過去に関与した裁判官の除斥及び忌避等、再審請求手続に関する規定を早急に整備する必要がある。

 

第4 最後に

   えん罪被害者は、重い刑事処分を受け、名誉を傷つけられ、想像できないほどに長く苦しい時間を過ごすことになる。雪冤を果たす前に、死刑が執行され、あるいは亡くなる者もいた。無実の者を処罰するえん罪被害は、この上ない人権侵害と言うほかない。

今こそ「えん罪被害者の迅速な救済」の理念実現のため、再審法の速やかな改正を求める次第である。

 

2023年(令和5年)5月26日


三重弁護士会