社会的事実に基づいた慎重かつ丁寧な
民法(債権関係)改正作業を求める会長声明

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2013年05月13日

社会的事実に基づいた慎重かつ丁寧な
民法(債権関係)改正作業を求める会長声明

第1 声明の趣旨
 平成25年2月26日,法務省法制審議会民法部会において,「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」が決定され,3月11日に公表されたが,この「中間試案」に基づき,民法(債権法)改正作業を今後進めることには反対する。

第2 声明の理由
1. 今回提示された「中間試案」は,日本社会の需要に基づくものか,大きな疑問がある。
 公表されたところによると,今回の改正は民法典の債権法及びこれに関連する総則規定が全面的に改正される方針が明らかとなった。
 民法典は,社会の民事秩序を支える基本法であり,その全面改正が国民の日常生活に及ぼす影響も大きい。このような基本法の改正にあたっては,まず改正の社会的必要性を慎重に見極めた上で,議論するべきである。
 ところが,今回の改正作業においては,当時の法務大臣による法制審議会への諮問(債権関係規定部分の民法改正要綱の作成)を所与の前提とし,そもそも民法典(債権法)の全面改正をする社会的な必要性は何か,という最も根本的な問題に対して説得的な理由や説明がなされたとは言い難い状況にある。
 当会の会員を対象としたアンケート調査によると,「あなたは,実際に弁護士として債権法の改正の必要を感じた事案にこれまで遭遇しましたか」という質問に対する回答は,「基本的に遭遇していない」が86%であって,「かなり遭遇している」等と答えた者は皆無であった。全国の弁護士を対象とした同様の調査においても「基本的に遭遇していない」が78%であって,「かなり遭遇している」等と答えた者は1%に過ぎないとの結果もある。
 このように弁護士の大多数は,改正の必要性に疑問や違和感をもっている。 他方,消費者団体・経済界においても,「中間試案」に示されるような民法(債権法)の全面的改正の必要性について十分な議論が尽くされているとは到底思われない。
 今回の改正は一部の民法学者が比較法的観点から行う学問的改正に過ぎず,日本社会に混乱をもたらすと警鐘をならす民法学者もいる。
 このように,今回の「中間試案」は日本社会の需要に基づくものとは言い難い。

2. 「中間試案」に基づき日本社会の需要に基づかない不必要な改正がなされ,現行民法と文言が無意味に変われば,百年以上にわたって積み上げられてきた判例規範の多くが適用可能か否か不明となり,現在確保されている裁判の予測可能性が失われる。このことは法律家のみならず,一般国民,企業に大きな混乱を招きかねない。
 また,日本社会の需要に基づかない改正は,現状では問題となっていない契約書や取引のあり方まで見直しする必要が生じるなど,徒に社会的コストを増大させる結果となる。経済界からも契約書の見直しなどの取引に要するコストが増大することへの懸念も出ている。

3. 今回の「中間試案」決定の手続の公正性にも問題がある。
 「中間試案」の取りまとめを行った法制審議会民法部会は,弁護士,消費者問題関係者,労働組合関係者,経済界関係者の委員・幹事の数を全体の4分の1以下の少数に抑え,4分の3以上を法務省の関係者,研究者等で占める。研究者も法務省関係者が作成した原案に反対した者を排除し,民法(債権法)の全面改正を前提とするメンバーで組織されているとの指摘もある。このような偏った組織では,審議の公正を期することも難しい。

4. 制定後110年を経過した民法が,さまざまな社会変化の中で現代社会に適合しているかどうかを見直すこと自体を否定するものではない。しかしながら,他面において民法典がこれまで時代・社会の変化に堪えうる「普遍性」を有していたからこそ110年を経た今なお存続している点も見過ごすべきではない。民法(債権法)の全面改正を急ぐ理由はなく,時代や社会に適合しない箇所を慎重に見極め,時間をかけて審議すべきである。
 法務省は,早ければ2015年にも改正法案を国会に提出する方針であるとの報道もあるが,そうだとすればあまりに拙速であると言わざるを得ない。 今回の「中間試案」に基づく全面改正の社会的必要性は乏しい現状において,公正な審議にも疑問が残る現在の体制の下で「中間試案」を前提に今後の改正作業を進めることに対しては,強い懸念を表明せざるを得ない。

 低所得者世帯の消費支出と生活保護基準の比較を根拠に生活保護基準を引き下げることを許せば,生存権保障水準を際限なく引き下げていくことにつながり,合理性がないことが明らかである。

 以上より,当会は今回の「中間試案」は白紙撤回することを求めるとともに,この「中間試案」に基づいた民法(債権法)改正作業を今後進めることに反対し,まず慎重かつ丁寧な,民法改正の必要性を裏付ける立法事実の調査・検証することを優先すべきであると考え,本声明を発表する次第である。


2013年5月13日
三重弁護士会
会長 向山 富雄