生活保護基準の引下げに反対する会長声明

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2013年01月30日

生活保護基準の引下げに反対する会長声明

 昨年8月10日,社会保障制度改革推進法が成立した。そして,同法附則2条には「生活扶助,医療扶助等の給付水準の適正化」を含む「必要な見直しを早急に行うこと」との文言が明記された。これを踏まえて閣議決定された「平成25年度予算の概算要求組換え基準」では,「特に財政に大きな負荷となっている社会保障分野についても,これを聖域視することなく,生活保護の見直しをはじめとして,最大限の効率化を図る」「生活保護の見直しをはじめとして合理化・効率化に最大限取り組み,その結果を平成25年度予算に反映させるなど,極力圧縮に努める」との基本方針が示されている。

 第二次安倍内閣の田村憲久厚生労働大臣も,本年1月16日,生活保護の支給基準が低所得者の生活費の平均を上回るケースがあるとした社会保障審議会生活保護基準部会の検証報告書を受けて,総額全体についての引下げを明言した。

 さらに,同大臣は,本年1月27日,平成25年度政府予算案における財務大臣との折衝の結果,本年8月から3年間をかけて,生活保護のうち生活扶助費を段階的に約6.5%削減する等の内容で合意した,との報道もなされている

 しかしながら,生活保護基準は,憲法25条が規定する「健康で文化的な最低限度の生活」の基準であって,我が国における生存権保障の水準を決する上で極めて重要な基準である。それだけでなく,生活保護基準が下がれば,最低賃金の引き上げ目標額が下がり,労働者の労働条件にも大きな影響が及ぶ。また,生活保護基準は,地方税の非課税基準,介護保険の保険料・利用料や障害者自立支援法による利用料の減額基準,就学援助の給付対象基準など,福祉・教育・税制など多様な施策の適用基準にも連動する。つまり,生活保護基準の引き下げは,現に生活保護を利用している人だけでなく,国民全体に多大な影響を及ぼすのである。

 そもそも,低所得者世帯の消費支出と生活保護基準を比較検証し,これを生活保護基準引き下げの根拠とすることには全く合理性がない。平成22年4月9日付けで厚生労働省が公表した「生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について」によれば、生活保護の捕捉率(制度の利用資格のある者のうち現に利用できている者が占める割合)は15.3%~29.6%と推測され,生活保護基準以下の生活を余儀なくされている「漏給層(制度の利用資格のある者のうち現に利用していない者)」が大量に存在する現状においては,低所得世帯の支出が生活保護基準以下となるのは当然である。  当会では,昨年11月28日に全国一斉生活保護ホットラインを実施したところ,合計41件にも上る相談が寄せられた。その中には,制度の利用資格があるのに市役所又は福祉事務所の対応によって制度を利用できていない方からの相談が数多くあった。

 低所得者世帯の消費支出と生活保護基準の比較を根拠に生活保護基準を引き下げることを許せば,生存権保障水準を際限なく引き下げていくことにつながり,合理性がないことが明らかである。

 なお,生活保護基準の引下げの背景には,生活保護の「不正受給」が増加しているとの見方があると思われる。「不正受給」自体は許されるものではないが,「不正受給」は金額ベースで0.4%弱で推移しており,近年目立って増加しているという事実はないのであって,生活保護基準の引下げにつながるものではない。また,最低賃金や国民年金が,就労や保険料納付を前提としない生活保護費よりも低いのは不当との見方もある。しかし,これは最低賃金や年金支給額の引き上げによって解決すべき問題であり,生存権保障の根幹をなす生活保護基準の引き下げによって解決すべき問題ではない。

 憲法25条に定める生存権保障の根幹をなす生活保護基準は,生活保護利用者を含む市民各層の意見を聴取した上で多角的かつ慎重に決せられるべきものである。財政の支出削減目的の「初めに引き下げありき」で政治的に決せられることなど,到底許されるべきことではない。

 貧困と格差が拡大する中,生活に困窮する人たちに対する施策が未だ不十分な現状においては,むしろ,最後のセーフティネットである生活保護制度は積極的な運用が望まれる。

 よって,当会は,来年度予算編成過程において生活保護基準を引き下げることに強く反対するものである。


2013年1月30日
三重弁護士会
会長 村瀬 勝彦