特定秘密保護法制定に反対する会長声明

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2013年11月27日

特定秘密保護法制定に反対する会長声明

 政府は今臨時国会において,特定秘密の保護に関する法律案(以下「本法案」という。)の成立を目指し,平成25年11月26日に衆議院本会議で本法案の強行採決がなされた。当会は,これまでも秘密保全法制の制定に反対してきた。反対の理由として,①「特定秘密」の範囲が広範かつ不明確であること,②「特定秘密」の指定が行政機関の長により恣意的になされうること,③適性評価制度によりプライバシー権,思想信条の自由の侵害のおそれがあること,④国民の知る権利が侵害され,民主主義の根幹を揺るがせる事態となること等の問題点を指摘した。
 しかし,以下に述べるように,このたび強行採決された法案では,当会が指摘した問題点の根本的な見直しはなされていない。基本的人権,国民主権原理を始め,憲法上の諸原理と正面から衝突する多くの問題点を孕んでいることは,これまでの秘密保全法制法案と何ら異ならないのであり,当会は,特定秘密保護法の制定に強く反対するものである。

1.①「特定秘密」の範囲が広範かつ不明確である
 まず,法案は「特定秘密」として指定する範囲を,「別表に掲げる事項に関する情報であって,公になっていないもののうち,その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため,特に秘匿することが必要であるもの」としている(3条1項)。そして,別表では「防衛に関する事項」,「外交に関する事項」,「特定有害活動の防止に関する事項」及び「テロリズムの防止に関する事項」を列挙している。
 しかし「その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれ」は,極めて抽象的な判断基準にとどまり,どのような情報が指定されたかを検証する手立てが本法案には規定されていないため,実質的に無限定に等しい。
 また,別表の「防衛に関する事項」は自衛隊に関連する事項が網羅的に列挙されており,「外交に関する事項」は「その他の安全保障に関する重要なもの」が広く対象になっており,「特定有害活動の防止に関する事項」や「テロリズムの防止」についても,「特定有害活動」,「テロリズム」の定義が不明確で,拡大解釈される可能性がある。このままでは,違法秘密や疑似秘密(政府当局者の自己保身のための秘密)が特定秘密として指定される危険性がある。
 更に,本法案が漏えい対象とする特定秘密自体が広範かつ不明確であることは,過失や独立した共謀,教唆,煽動をも処罰の対象としていることとあいまって,本法案の罰則規定は,犯罪と刑罰を予め具体的かつ明確に定めることを要請する罪刑法定主義(憲法第31条)に違反する疑いが強い。

2.②「特定秘密」の恣意的・濫用的な指定がされる可能性がある
 次に,法案は「特定秘密」の指定に関して,「特定秘密の指定及び その解除並びに適性評価の実施に関し,統一的な運用を図るための基準を定めるもの」とし(18条1項),その「基準を定め,又はこれを変更しようとするときは,我が国の安全保障に関する情報の保護,行政機関等の保有する情報の公開,公文書等の管理等に関し優れた識見を有する者の意見を聴かなければならない。」(同条2項)としている。
 しかし,18条については,「優れた識見を有する者」の意見を聴 いて決められるのは抽象的な運用基準でしかなく,実際に行われる個々の秘密指定については,これをチェックする機能はなく,恣意的な秘密指定がなされ得ることに変わりはない。
 加えて,特定秘密の指定は,通算して30年まで延長できるうえ,さらに内閣の承認を得ればそれ以上の延長が可能とされている。このように,本法案は,限界の不明確なまま広範な領域にわたる政府情報を長年月あるいは半永久的に秘匿することを可能にするため、政府の恣意的・濫用的な運用が可能となる。

3.③適性評価制度による個人のプライバシー権侵害の可能性がある
次に法案は「特定秘密」を取り扱う者の管理を徹底するための手段として,行政機関の長による適性評価の実施(適性評価制度)を導入している(12条)。そして法案は「適正評価は,適性評価の対象となる者について,次に掲げる事項についての調査を行い,その結果に基づき実施するものとする。」とし(12条2項),調査対象事項として「特定有害活動及びテロリズムとの関係に関する事項」(12条2項1号),「犯罪及び懲戒の経歴に関する事項」(同2号),「情報の取扱いに係る非違の経歴に関する事項」(同3号),「薬物の濫用及び影響に関する事項」(同4号),「精神疾患に関する事項」(同5号),「飲酒についての節度に関する事項」(同6号),「信用状態その他の経済的な状況に関する事項」(同7号)を列挙している。
 このように,調査対象事項は,評価対象者の精神疾患,飲酒についての節度,信用状態など重大なプライバシーにかかわる事項にまで及び,更に調査対象は,対象者の配偶者(事実婚の配偶者も含む),父母,子及び兄弟姉妹などの家族(配偶者の父母及びその子も含む)や同居人などにも及び,調査対象が無限に広がる可能性を有している。
 しかも適性評価を口実に思想・信条の調査をするなど,悪用される危険性もある。

4.国民の「知る権利」を侵害し,民主主義の根幹を揺るがす
 次に,法案は「この法律の適用に当たっては,これを拡張して解釈して,国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならず,国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない。」(21条1項),「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については,専ら公益を図る目的を有し,かつ,法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは,これを正当な業務による行為とするものとする。」(21条2項)こととした。
 しかし,21条1項の報道又は取材の自由に十分配慮するとの規定は,抽象的な訓示規定に過ぎず,これにより報道又は取材の自由が法的に担保される保障は何もない。
 また,本法案は,取材目的を「専ら公益を図る」場合に限定している点で問題であり,さらに「著しく不当」という抽象的かつ不明確な文言では正当業務に該当するか否かの予測が困難である。したがって、このような配慮規定では,本法案のもつ取材活動に対する重大な萎縮効果や自己規制ないし過剰反応の歯止めには全くならない。
 さらに,「出版又は報道の業務に従事」しない者である一般市民や市民運動家,市民ジャーナリスト等には同条項が適用されず,不合理な差別となっている。
 これらの規定等の追加によっても,国民の知る権利が侵害され,民主主義の根幹を揺るがせる事態の危険性はなお高いものと言わざるを得ない。
 さらには,国会議員も処罰対象とされていることからすれば,国会議員による行政機関への種々の調査活動や国会議員間での自由な討論及び有権者への国政報告活動をすべて,刑罰をもって禁止することも可能となり,国民主権に基づく議会制民主主義にも抵触する

5.秘密保護よりも情報管理システムを適正化すべきである
 これまで指摘したように,本法案は,基本的人権尊重主義,国民主権原理,議会制民主主義,罪刑法定主義をはじめ,憲法上の諸原理と正面から衝突する多くの問題を含んでいる。
 また,数多くの憲法・メディア法学者や刑事法研究者も本法案に反対する旨表明している。
 更に,政府が実施した本法案の原案に関するパブリックコメント募集においては,2週間という短期間に9万通を超える意見が寄せられ,そのうち,約77%が制定に反対する趣旨であったというのであるから,このことは、政府及び国会において重く受け止める必要がある。
 重要な情報の漏えいの防止は,情報管理システムの適正化によって実現すべきであって,特定秘密保護法案の制定によって対処すべきではない。
 むしろ今必要なのは,情報を適切に管理しつつ,情報の公開度を高め,国会が行政機関を実効的に監視できるようにするために,公文書管理法,情報公開法,国会法,衆参両議院規則などの改正を行うことである。
 当会は,特定秘密保護法の制定に強く反対するものである。


2013年11月27日
三重弁護士会
会長 向山 富雄